とり天Bメン「さくっと十四郎」・冷麺団「麺田チュルみ」キャラクター紹介

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別府とり天Bメン2号

はじめに

 平成20年、それは国民的一大イベント?「チャレンジ!おおいた国体・大分大会」の開催の年であった。全国から多くのアスリートがこの大会のため、大分県・別府市に終結する。この機会に別府を売り込む方法はないものか、市内某所にて思案する人々がいた。アスリートたちが別府に来て何を求めるか!そう、やはり「食」であろう。良い記録を出すためにもガッツリと食べてもらわなければならない。

 観光都市として発展してきた別府には美味しい食材は県内各地より集まってきた。関アジ、関サバ、豊後牛、ふぐ、城下カレイ、その他色々な食材を様々な料理で食することができる。また、鉄輪温泉地域では、地獄の噴気を利用した「地獄蒸し料理」も食べることができる。

 しかし、アスリートたちが求めているものはそのようなものであろうか。特に若者たちにそのような高級食材は・・・。やはり安くて、美味しくて、ボリューム満点のものがよいのではないか。しかも別府の歴史・文化性のあるもの。

 そうだ、「とり天」だ!

とり天イメージ
別府といえばとり天!

 「とり天」と言えば、大分県の郷土料理として定着している料理。基本は鶏肉衣を付けて揚げ、酢醤油にねりカラシを付けてたべる、いたってシンプルな料理である。  実はこのとり天、別府が発祥と言われて久しい、が、近年、隣の大分市でも「とり天の発祥は大分」として売り出しているところであった。

 こうなってはぐずぐずしてはいられない、とり天発祥の地、別府としては、国体開催までになんとしても「別府とり天」を売り出すためのマップを完成させなければならない、という訳で、別府「食」観光プロジェクトとして、「別府とり天」への取り組みが始まった。平成19年の秋も深まった頃であった・・・。

とり天Bメンの誕生と調査活動

 まず、別府のどの位のお店でとり天を提供しているのか、そしてその味は、ルーツは。何より、とり天ばかりを写真で並べて、果たして違いがわかるのだろうか。様々な不安を抱えつつ、年が明けて1月頃より、とり天好きな(大分県民は一概にとり肉好きである)知人・友人に声をかけて調査を開始した。

 調査に当たっては、取材とバレてしまうと正しい評価ができなくなってしまう。あくまでも普段通りのとり天を食べる必要があるのだ。そこで自らを「とり天Bメン」(注:BはBeppuのB)と称し、極秘調査を行うこととした。市民有志からなる「とり天Bメン」の誕生である。

 とり天Bメンの使命は、別府発祥の食文化「とり天」、そのおいしさを全国の人々に伝えることで、別府の「食」としての地位を築くことにある。平成22年5月現在、23名のBメンが活動中である。

 調査の段階では、まず注文段階で、他のお客さんにも聞こえるように「とり天定食!」(注:基本は定食)とはっきり伝えることが重要である。この段階からとり天のPRが始まっている。そして厨房から聞こえるとり天を揚げる音にも神経を集中し、イマジネーションを膨らませる。

とり天が運ばれてきたら、衣の色、におい、付けダレ、さらには付け合わせの品々にまで注意を払う。これまでの調査では、衣の色は、おおまかに茶系、黄色系、白系と大別できる。これは、下味や粉の配合等によってかわってくると思われる。これによってから揚げよりのとり天、天ぷらよりのとり天など食べたときの印象も変わってくる。意外と創作系とり天も多く、また肉の種類(もも肉、むね肉等)によっても、食感を楽しむことができる。

 さらに、付けダレは酢じょうゆやポン酢、天つゆなどバリエーションも様々であり、意外と酸味がきつい付けダレの方がとり天には合うという印象がある。味もニンニク入り、しょうゆ系、塩・こしょう系、下味なしとあり、バリエーションも豊富である。


マップ・ホームページ作成へ向けて

 平成21年1月から3月にかけて、デジカメとメモ帳片手に精力的な調査活動を行い、多い人は1日2食を食べる日も続いた。この間、一人で30店舗以上制覇したBメンもいる。また、メタボ化への恐怖も多くのBメンの脳裏をかすめる日々であった。

 そのような涙ぐましい活動により、約120店舗もの情報が集まった。しかし・・・Bメンの活動は自腹が基本(おごりは可)であり、多くの者が昼休み等を利用しての調査であったため、昼のお店が中心になるという偏りも生じている。また、観光地である別府は居酒屋等が無数にあり、おそらくほとんどのお店でとり天は提供されている。全部を調査することは不可能であるとのことから、この120店舗からマップを作成することになった。

 作成にあたっては、マップの大きさやデザインから掲載可能店舗が63店舗であり、掲載店舗の絞り込みが大変な作業となった。Bメンの調査レポートや聞き取りを元に、とり天Bメン2号、3号の独断で決定していった。また、写真の取り直しや紹介文にも手を入れながら(基本的には調査Bメンのレポート原文)組み立てていった。思った以上に手間取り、この作業に8月いっぱいを要し、国体までの完成に暗雲が漂う事態となってしまった。

 そのような経過を経て、国体・別府会場開催日の前日、10月某日、ようやく「本家 別府とり天マップ」が完成したのである。  それに併せて、ウェブでの情報発信を考え、ホームページも作成し、市外・県外へ向けての窓口となっている。


とり天Bメン、その後の活動

 マップ完成後もとり天Bメンの活動はおとろえることなく、地道な調査・宣伝活動を継続している。その活動の一端を紹介する。

・OAB大分朝日放送「第6回ふるさとCM大賞」にてプロモーションCM作成・出品
(審査委員特別賞受賞)http://www.oab.co.jp/furusato/
・「まっぷる09別府・大分編」へ出演カラー掲載 Bメン10号
・OBSラジオトピックカーに生出演 Bメン2号
・OBSラジオごご楽ワイドに生出演 Bメン2号、3号
・NHK福岡ぐるっと九州8県に生出演 Bメン1号
・おおいたB喰うカップ決定戦(H21.3.8)に出演 Bメン5号、14号
・OBSラジオ祭り(H21.10.11)に出演 ほか Bメン3号
 また、精力的な活動を行う、とり天Bメン3号、15号は独自にブログを開設
http://toriten.junglekouen.com/
http://u.tabelog.com/roy/
(平成21年12月まで)


とり天Bメンの調査により明らかになったとり天の歴史について

「とり天」は大分県を代表する郷土料理のひとつ。鶏肉の天ぷらのことを「とり天」と呼ぶ。 その歴史は、昭和5年頃にさかのぼる。別府の老舗レストランで、1人の料理人が日本人の味覚に合う鳥料理のひとつとして開発された料理が最初と言われている。帝国ホテルのシェフ、そして天皇の料理番も勤めたその人物は、台湾料理をベースに洋食の手法も取り入れ「とり天」の基礎を作り上げた。

最初は「炒鶏片(チャーチーペン)」と呼ばれたその料理は、そのうちに日本人に親しみやすい「とり天」と呼ばれるようになり、発祥の老舗レストランから別府市内へ、そして昭和30年代にはお隣の大分市などにも広がり、大分県民の郷土料理として愛されることになる。

 一般的には酢醤油とマスタードを付けて食される「とり天」だが、料理人の感性で様々なアレンジが加えられ、現在ではオリジナルドレッシングや柚胡椒、天つゆなど、各店舗の個性溢れる「とり天」を別府市中で愉しむことが出来る。

 また、「とり天専門店」というものがほとんど存在しないことも特徴で、各店舗の偉大なるサブメニューとして君臨している。そのサブメニューの「とり天」が美味しいということは、メインメニューはもっと美味しいはず。ぜひ、メインメニュー+とり天の「美味しさいいとこ取り」な別府をお楽しみいただきたい。


今後の展開について

 別府市内、大分県内にはかなり情報発信しているが、全国的にはまだまだ知られていない。とり天Bメンとしては、安くて、美味しい、別府発祥の食文化、「とり天」を全国的にPRしていきたいと考えている。そのためにも地道な調査活動と同時に、口コミを中心とした広がりをつくり、あわよくば大手情報媒体の取材を日々待ち焦がれているところである。また、とり天の別府市、大分市、からあげの中津市、宇佐市との広域連携も今後模索していく必要があると考えている。

 いずれにせよ、別府とり天の普及活動を通して、市民が心から愛する料理として、さらに確固たる地位を築き、観光客のお腹を満足させる質の高いとり天が今後も増えていくことを期待するものである。